親が認知症で実家が売れない|今できることとできないこと
「認知症 実家 売れない」と検索する家族が本当に知りたいのは、今日中に契約できるかどうかです。答えは診断名では決まりません。不動産の現場で見られているのは、その契約の内容と結果を本人が理解し、自分の意思で決められる状態にあるかどうかです。査定までは家族が動けても、媒介契約から先は名義人本人の場面になり、家族が代わりに署名することはできません。このページでは、契約に必要な意思能力の考え方、判断能力の程度によって変わる分岐、実家が空いたまま止まっている間に家族が今のうちにできる情報整理、家族が代わりにできることとできないことの線引き、そして制度を使う場合の入口である法定後見の実務を、順番に並べます。売ると決める前に、何が本人にしかできず、何を家族が今から進めておけるのかをそろえるための資料です。

まず結論
まず押さえるのは、診断名ではなく契約の日の理解度が問われるということ。判断能力の程度は補助・保佐・後見という段階で扱われ、当てはめは家族ではなく家庭裁判所が行います。実家が空き家のまま止まっている間も、書類と鍵の所在は今のうちに整理しておく価値があります。家族が代わりに進められるのは事実を調べる作業まで、本人の名前を書く場面は越えられません。法定後見は取り下げに制限があり、審理にも時間がかかるため、実家売却だけを目的にした一時的な手段としては使えません。
契約に必要な意思能力とは、何を指しているか
実家の売却で問われるのは診断名ではなく、契約の内容と結果をその場で理解し、自分の意思で決められるかどうかです。この章では、意思能力という物差しの中身と、どの手続きが誰の場面かを線引きします。
「認知症 実家 売れない」で検索する家族の多くは、診断書が出た時点で不動産の手続きがすべて止まると考えています。しかし実務で見られている物差しは病名ではありません。契約の内容と結果を、その日にどれだけ理解できているか、そして自分の意思で決められる状態にあるかどうかです。これを法律の場面では意思能力と呼びます。同じ人でも、日用品の買い物では困らないのに、数百万円から数千万円が動く売買契約の条件までは理解が及ばない、ということが実際に起こります。
意思能力を欠いた状態で結ばれた契約は、原則として無効になると説明されています。無効は、あとから取り消せるという意味ではなく、はじめから効力が生じていなかったものとして扱われるという意味です。売買契約でこれが起きると、受け取った代金を返す、引き渡した家を戻す、その間にかかった費用を誰が負担するかという後始末が一気に生じます。だからこそ不動産の現場は、契約の入口の段階から意思の確認に慎重になります。個別の有効・無効の判断は弁護士や司法書士の領域であり、この記事の説明を最終的な結論として使わないでください。
実際に本人と向き合って確認するのは、媒介契約を担当する宅地建物取引業者、契約の場に立つ宅地建物取引士、そして登記を担当する司法書士です。買主が住宅ローンを使う場合は金融機関の担当者も関わります。この中でもっとも動かせない関門は司法書士です。所有権移転登記は司法書士が自分の資格で申請するため、決済の場で本人に面談し、意思の確認が取れなければ申請そのものに進めません。家族がどれだけ経緯を説明しても、この面談の代わりにはなりません。
手続きを段階で分けると、家族が今できることとできないことの境目がはっきりします。第一に、家の現状を調べる査定と現地確認。これは事実を確認する作業なので、本人の同意を得たうえで家族が窓口になって進められます。第二に、不動産会社と結ぶ媒介契約。ここから先は名義人本人が当事者になる契約の場面です。第三に、買主との売買契約と手付金の授受。第四に、決済と鍵の引渡し、そして所有権移転登記の申請。第二段階から先はすべて本人が主役の場面で、家族の同席は認められても、署名や押印の代わりにはなりません。
確認の場で何を尋ねられるかを知っておくと、家族の構え方が変わります。司法書士が本人に聞くのは難しい法律用語ではありません。売ろうとしている家がどこにあるか、なぜ手放すことにしたのか、おおよそいくらで話が進んでいるか、代金は誰の口座に入るのか。この程度の受け答えを、本人が自分の言葉でできるかどうかを見ています。横で家族が答えを引き取ってしまうと、確認そのものが成立しません。事前に本人とこの数点を話しておくと、当日の面談で慌てずに済みます。
厄介なのは、理解できる状態に波がある場合です。午前中はしっかり受け答えできるのに、体調を崩した日や夕方は言葉が出てこない、という揺れは珍しくありません。媒介契約の段階では落ち着いていたのに、一か月後の決済の場では確認が取れず、その日のうちに手続きが止まった、という止まり方が現実に起こります。決済は買主の住宅ローンの実行日に合わせて組まれているため、いったん止まれば買主の期限、引越しの予定、こちらの残置物の片付け日程まで連鎖して崩れます。
だからこそ、日程を先に組んでから本人の状態を確かめる、という順番は避けてください。逆に、診断を先送りにして「受診しなければ手続きは止まらない」と考えるのも危うい選択です。診断が遅れれば、介護保険の利用も、後の章で扱う後見制度の申立ても同じだけ遅れ、家族が選べる範囲だけが狭くなっていきます。診断名の有無ではなく、本人の状態を早めに見極めることが、結果として選べる道を広く保ちます。
家族が今からできるのは、本人が話せるうちに聞き、記録しておくことです。この家をどうしたいのか、施設に入るならその費用をどこから出すのか、困ったときに誰に相談してほしいのか。答えは本人の言葉のまま書き留めます。「たぶんこう思っている」という家族の解釈を混ぜると、後で相続人の間で言った言わないの食い違いが起きたときに使えなくなります。次の章では、この意思能力が判断能力の程度によってどう分かれるかを見ていきます。
- 登記名義が誰か、共有か、先代の名義のままかを確認する
- 本人が家の場所と売却の理由を自分の言葉で説明できるか、解釈を交えずに記録する
- 受け答えが安定している時間帯とそうでない時間帯を数日分メモしておく
- 査定や現地確認を頼む前に、本人へ目的を説明し同意を得る
- 媒介契約から先は本人の署名が必要になることを、きょうだい全員に共有する
図1査定から登記まで、本人にしかできない場面はどこか
程度によって変わる判断 ― 補助・保佐・後見の違い
判断能力の程度は一律ではなく、法律も補助・保佐・後見という段階で扱いを分けています。この章では、その分かれ方と、実務でどう影響するかを見ます。
家族がまとめて「認知症だから」と考えがちな状態も、法律上は一律ではありません。裁判所の案内では、判断能力が不十分な方を「補助」、著しく不十分な方を「保佐」、判断能力が欠けているのが通常の状態である方を「後見」の対象として、3つの類型に分けています。同じ「認知症」という診断名でも、日によって、また項目によって、どの類型に近いかは変わり得ます。契約が進むかどうかは、この3類型のどれかという当てはめそのものよりも、その日にどれだけ理解して答えられるかという実際のやり取りで見られます。
3類型の違いは、支援する人に与えられる権限の重さの違いでもあります。補助は本人の判断能力が比較的保たれている場合に特定の行為についてだけ支援を付ける仕組みで、保佐はより広い範囲、後見はさらに広い範囲を対象にする、という理解で足ります。どの類型が本人に当てはまるかは、家庭裁判所が医師の診断書などをもとに判断します。家族が「うちは後見だろう」「保佐で十分だろう」と先に決めてかかるものではなく、申立ての段階で裁判所が見極める事項です。
申立てをした後の扱いにも注意が必要です。裁判所の案内では、いったん申立書を提出すると、家庭裁判所の許可がなければ取り下げることができないとされています。「やっぱり売却の話がまとまったのでやめたい」と思っても、簡単には引き返せません。申し立てる前に、本当に必要な手続きなのか、本人の状態と家族の目的を照らし合わせて確認しておく必要があります。
審理には時間がかかります。裁判所の案内によれば、申立てから審判までの期間はおおむね1か月から2か月程度とされていますが、家庭裁判所が必要と判断した場合には鑑定が実施され、その分の期間と費用が追加でかかります。鑑定は医師による診断書とは別に行われる、より詳しい検討の手続きです。実家の売却を急いでいる家族ほど、この期間を短く見積もりがちですが、鑑定が入れば数か月単位に延びることもあり得ます。
誰が支援者になるかについても、家族の思い込みと実務が食い違いやすい点です。裁判所の案内では、候補者を立てて申し立てても、その候補者が必ず選任されるとは限らないとされています。財産の額や親族間の意見の食い違いなど、事案の事情によって、家族以外の第三者が選ばれることもあります。加えて、選任された後見人等や、その活動を監督する立場の人に、報酬が付与される場合があるとされています。継続的な費用として、本人の財産から支払われる性質のものです。
これらを踏まえると、「認知症だからとりあえず後見を申し立てておこう」という発想がなぜ危ういかが見えてきます。取り下げに制限がある、審理に時間がかかる、候補者が思いどおりに選ばれるとは限らない、報酬が継続して発生し得る。どれも、実家を売る目的だけで気軽に始めて気軽にやめられる仕組みではないことを示しています。申立ての前に、管轄の家庭裁判所の窓口で、本人の状況に即した見通しを確認しておくことを勧めます。
ここで紛らわしい言葉も整理しておきます。契約の場面で使われる意思能力と、後見の3類型を分ける際に用いられる事理弁識能力は近い概念ですが、後者は家庭裁判所が類型を決めるときに使う言葉です。日常の会話では区別なく使われがちですが、専門家に相談するときにどちらの文脈の話をしているのかを意識しておくと、話が噛み合いやすくなります。本人に自分の状態を説明してもらう場面でも、法律用語をそのまま使うより、具体的にどんな場面で困っているかを共有したほうが伝わります。
医療や介護の判定と、この3類型の当てはめは別の物差しです。要介護認定は日常生活にどれだけ支援が必要かを測るもので、要介護度が重いから後見相当、軽いから補助相当、と機械的に対応するわけではありません。診断書も、ふだんの診療で書かれるものと、家庭裁判所へ提出するために求められる書式のものとでは、目的も詳しさも異なります。介護の相談は地域包括支援センターへ、契約や後見の相談は司法書士や弁護士へと、入口を分けて持っておくと、どちらの話も止まりにくくなります。
家族としてこの章から持ち帰ってほしいのは、判断能力の程度は白黒ではなく段階であり、しかもその段階の当てはめは家族ではなく専門家と裁判所が行うという点です。「軽いから大丈夫」「重いからもう無理」と家族だけで結論を出さず、迷った時点で相談してください。次の章では、この段階がどちらに転んでも役に立つ、今のうちの情報整理に移ります。
- 本人の状態を「認知症だから」で一括りにせず、日によって・項目によって理解度が違うことを記録しておく
- 申立て前に、取り下げには家庭裁判所の許可が要ることを家族全員が理解しておく
- 鑑定が入る可能性を見込み、審理期間を1〜2か月より長めに見積もっておく
- 後見人等の候補者を立てても必ず選ばれるとは限らないことを共有しておく
- 要介護認定の区分と、契約できるかどうかは別の物差しであると理解しておく
| 類型 | 対象となる状態の目安 | 支援する人の呼び方 |
|---|---|---|
| 補助 | 判断能力が不十分な状態 | 補助人 |
| 保佐 | 判断能力が著しく不十分な状態 | 保佐人 |
| 後見 | 判断能力が欠けているのが通常の状態 | 成年後見人 |
今のうちにできる情報整理 ― 空き家になった実家の書類と鍵
親が施設に移り実家が空くと、判断の可否が定まる前に書類と鍵が行方不明になりがちです。この章では、契約できるかどうかの答えが出ていない間にも家族が進めておける情報整理を具体的に並べます。
親が施設や病院に移り、実家に人が住まなくなると、「売れるか売れないか」の結論を待つ間にも、家そのものは動き続けます。郵便受けにはチラシと請求書がたまり、庭は伸び、雨どいは詰まります。契約できるかどうかの答えが出るまで数か月かかることもあるため、その間に家が傷んでは意味がありません。意思能力の確認とは別に、家の管理と書類の所在を今のうちに整えておくことが実務上の土台になります。
最初に探すのは、毎年届く固定資産税の納税通知書と課税明細書です。ここには土地が筆ごとに所在・地番・地目・地積・評価額の順で並び、家屋については構造・床面積・建築年が記載されます。見るべきは金額よりも件数です。「実家」と呼んでいる財産が、宅地一筆だけでなく、隣接する畑や、道路に接する私道の持分に分かれていることは珍しくありません。通知書が見当たらない場合は、市役所や役場の資産税を担当する窓口で名寄帳の請求ができるか確認してください。請求できる人の範囲や必要書類は市町ごとに異なるため、訪問前に電話で確かめておくと二度手間になりません。
次に確認したいのが登記事項証明書です。所有者が誰か、共有であれば持分がどうなっているか、住宅ローンの抵当権が残っていないか、差押えの登記がないかを見ます。「親名義だと思っていたら祖父の代のままだった」という食い違いは実際に多く見られます。取得には住所ではなく地番が必要になるため、課税明細に載っている地番を使うか、法務局の窓口で照会してください。あわせて公図や地積測量図、建物図面が備え付けられているかも確認しておくと、境界の話が出たときに慌てずに済みます。
権利証、または平成以降に取得した不動産であれば登記識別情報の通知書がどこにあるか、本人に話が聞けるうちに聞いておいてください。仏壇の引き出し、たんすの奥、貸金庫。見つからなくても売却の道がすぐ閉じるわけではありませんが、代わりの手続きが必要になり、費用と日数が変わります。実印と印鑑登録カードの保管場所も同様です。ただし家族が預かることそのものを軽く扱わず、いつ・誰が・何のために預かったのかを書き残し、他のきょうだいにも伝えておいてください。
空き家になった家に届く郵便物は、思いのほか重要な情報源です。固定資産税の通知書、火災保険の更新案内、水道やガスの検針票、金融機関からの通知。誰も見ない郵便受けに放置すると、支払いの遅延や契約の失効に気づかないまま時間が過ぎます。巡回の担当者を決め、頻度をカレンダーに書き込み、届いた郵便物を種類ごとに仕分けて保管する仕組みを、売却の判断を待つ間にも作っておいてください。
火災保険や共済の証券も探しておきます。契約者が誰か、補償の内容、満期日、地震保険が付いているかを控えます。証券そのものが見つからなくても、保険会社や代理店に契約者名や住所で照会できることが多くあります。人が住まなくなったことで契約の条件に関わる場合があるので、空き家になった事実を契約先へ伝える必要があるかどうかも、契約先に直接確認してください。一般論をそのまま自分の契約に当てはめないことが大切です。
鍵の扱いも整理しておく点です。合鍵が何本あり、誰が持っているか。庭や勝手口の鍵、物置の鍵まで含めて数え、持っている人と保管場所を一覧にします。管理を頼む家族が遠方にいる場合は、鍵の受け渡し方法も決めておきます。管理の目が届かなくなると、外から見て人の出入りがないと分かってしまい、防犯上のリスクが高まることも念頭に置いてください。
家そのものの事実も、机上で分かる範囲を先に押さえておきます。登記地目に田や畑が含まれていれば、売買や贈与の際に農業委員会の手続きが関わってきます。前面道路が公道か私道か、幅員がいくつかによって、建て替えの可否も変わります。磐田市・袋井市・森町といった商圏でも、地域によって細街路や農地が混在する事情があるため、地区の実情に詳しい不動産会社や土地家屋調査士に、机上の情報を見せて相談する価値があります。
最後は保存の仕方です。原本をどこに置くか、写しを誰が持つか、一覧をどう共有するかを決めます。紙のファイル一冊でも構いません。大事なのは、確認できた項目とまだ確認していない項目を同じ一覧に並べ、空欄を空欄のまま残すことです。空欄を埋めたふりをすると、後から見た家族がそこを確認済みだと誤解します。次の章では、この情報整理を踏まえて、家族が実際にどこまで代わりに動けるのかを見ていきます。
- 固定資産税の納税通知書と課税明細書を探し、土地の筆数と家屋の床面積を数える
- 登記事項証明書で所有者、持分、抵当権、差押えの有無を確認する
- 権利証または登記識別情報、実印、印鑑登録カードの保管場所を本人に確認する
- 空き家に届く郵便物の仕分け方法と巡回の頻度を決める
- 合鍵の本数と保管者を一覧にし、遠方の家族とも共有する
- 火災保険の証券番号と満期日を控え、空き家になった事実を契約先へ伝える必要があるか確認する
図2実家の書類と鍵に、誰がどこまで手を伸ばせるか
家族が代わりにできること、できないこと
急いでいるときほど、家族は「代わりにやってしまえば早い」と考えがちです。しかし、できることとできないことの境目を越えると、あとで取り返しがつかなくなります。この章では、その境目を具体的に線引きします。
家族が問題なく進められるのは、事実を調べて整える作業です。登記事項証明書や公図の取得、課税明細の内容確認、家の写真撮影、修繕や草刈りの見積もり取得、専門家への相談への同席とメモ取り。これらは売る前提を作る作業ではなく、どちらに転んでも必要になる情報をそろえる作業です。本人の同意があれば、家族が窓口になって進められます。
空き家そのものの管理も、家族が代わりにできる範囲です。庭木の剪定や除草の手配、雨どいの点検、郵便物の回収、近隣への挨拶。遠州地方特有の冬の空っ風で瓦や雨どいが傷みやすく、台風のたびに近所から連絡が入ることもあります。管理を怠ると、空き家対策の観点から自治体から状況の確認や助言の連絡が入ることもあり得るため、巡回の頻度と担当を決めておくことが実務的な備えになります。
一方で、家族が絶対に手を出してはいけないのが、本人の名前を書く場面です。委任状を家族が用意して本人の実印を押す、契約書に本人の代わりに署名する。本人が自分で内容を理解して作った書類と、家族が代わりに用意した書類とは、見た目が同じでも法的な意味がまったく異なります。司法書士や不動産会社は本人に面談して確認するため、代わりに書かれた書類はたいていその場で止まります。
預金の扱いも線引きが必要な領域です。施設費や医療費の支払いのために預かった通帳やキャッシュカードから引き出す場合、使った目的が本人のためであっても、日付・金額・使途をその都度残しておかないと、後の相続の場面で「何に使ったのか」を説明できなくなります。通帳の摘要欄への手書きのメモでも構いません。記録がないまま時間が経つと、家族間の信頼に関わる問題になりかねません。
金融機関には、本人が元気なうちに代理人を届け出ておける仕組みを用意しているところがあります。呼び名や条件は金融機関ごとに異なるため、通帳を持っている支店の窓口で「代理人の届出はできますか」と尋ねてください。本人の同行や本人確認書類が必要になることが多く、判断能力が難しくなってからでは使えなくなる仕組みです。施設費や公共料金の引き落とし口座を先に一覧にしておくと、窓口での相談が早く進みます。
保険会社や共済への連絡も、家族が担える範囲です。契約者本人に代わって契約内容を変更することはできませんが、空き家になった事実を伝える、証券番号を照会する、担当者の連絡先を控えておく、といった情報のやり取りは進められます。契約の変更が必要になった場合に、誰が何を確認したかが分かっていると、次の相談がスムーズになります。
行政の窓口とのやり取りも、家族が代わりに動ける範囲が広い分野です。固定資産税の納税管理人の届出、ごみ収集や上下水道の名義変更にあたる相談、空き家に関する自治体の相談窓口への連絡。多くは本人の同意や委任状があれば家族が進められますが、扱いは自治体ごとに異なるため、担当窓口に事前に確認してください。
境目を越えそうになったら、その場で立ち止まってください。本人以外が本人の名前を書く場面が出てきたとき、預かったお金の使途を説明できなくなりそうなとき、契約の締結や解除の判断を迫られたとき。これらはすべて、家族の善意だけで進めてよい領域ではありません。次の章では、この境目を越える必要が出てきたときの入口、法定後見の申立ての実務を見ていきます。
- 登記事項証明書・公図の取得、写真撮影、見積もり取得は本人の同意を得て家族が進める
- 空き家の巡回・草刈り・郵便物の回収の担当と頻度を決める
- 預かった通帳やカードから支出した金額は、日付・金額・使途をその都度記録する
- 金融機関へ代理人の届出ができるか、通帳を持っている支店の窓口で確認する
- 本人の名前を書く場面が出てきたら、その時点で専門家に相談する
| 場面 | 家族ができること | 家族ができないこと |
|---|---|---|
| 資料集め | 登記事項証明書・公図の取得、課税明細の確認、写真撮影 | 本人の代わりに実印を押す、委任状を代筆する |
| 空き家の管理 | 巡回・草刈り・郵便物の回収の手配、近隣への挨拶 | 本人の同意なく家財を処分する、大きく間取りを変える |
| お金の管理 | 立て替え費用の記録、代理人届出の相談、引き落とし口座の一覧化 | 本人の意思確認なしに預金から大口の支払いをする |
| 契約の場面 | 専門家への相談の同席、資料の提示、質問のメモ取り | 媒介契約や売買契約に本人の代わりに署名する |
制度を使う場合の入口 ― 法定後見の申立て実務
家族だけでは境目を越えられない場面に来たとき、正面から使える制度が法定後見です。この章では、申立ての入口と、実務上知っておくべき時間・費用・選ばれ方の性質を見ます。
本人の判断能力がすでに難しくなっている場合、家族が使える正面の制度は法定後見です。管轄の家庭裁判所に申し立て、選任された後見人等が本人に代わって財産を管理します。申立てができるのは、一般的には本人や配偶者、一定範囲の親族とされていますが、具体的な要件や必要書類は事案によって異なるため、申し立てる前に管轄の家庭裁判所の窓口で確認してください。
申立てに際して、まず知っておきたいのが取り下げの制限です。裁判所の案内によれば、いったん申立書を提出すると、家庭裁判所の許可がなければ取り下げることができないとされています。「実家の売却先が決まったから、もう申立ては要らない」と思っても、簡単には引っ込められません。申し立てる前に、本人の状態と家族の目的が本当に法定後見でなければ解決しない性質のものかどうかを、専門家に相談して確かめておく価値があります。
審理には時間がかかります。裁判所の案内では、申立てから審判までの期間はおおむね1か月から2か月程度とされていますが、家庭裁判所が必要と判断すれば鑑定が実施され、その分の期間と費用が追加でかかります。実家の売却を急いでいる家族ほど、この期間を短く見込みがちですが、鑑定が入れば数か月単位に延びることも想定しておく必要があります。日程を先に組んでから申立てをする、という順番は避けてください。
後見人等に誰が就くかも、家族の思いどおりになるとは限りません。裁判所の案内では、候補者を立てて申し立てても、その候補者が必ず選任されるわけではないとされています。財産の規模や親族間の意見の違いなど、事案の事情によって、弁護士や司法書士など家族以外の専門職が選ばれることがあります。専門職が就任した場合、後見人等や監督する立場の人に報酬が付与される場合があるとされており、これは本人の財産から継続的に支払われる性質のものです。
選任された後見人等は、本人に代わって財産を管理し、必要な契約を結ぶ立場になりますが、何でも自由に処分できるわけではありません。本人が住んでいた居住用の不動産を処分する場合には、家庭裁判所の許可が必要とされているのが一般的な理解です。施設費用が不足しているといった必要性を、資料をそろえて説明できるように準備しておくことになります。この点も含め、個別の運用は管轄の家庭裁判所の窓口で必ず確認してください。
申立てにかかる実費も、事前に把握しておきたい点です。収入印紙代や郵便切手代、鑑定が実施される場合はその鑑定費用が別途必要になりますが、具体的な金額は申し立てる家庭裁判所や事案によって異なるため、この記事で断定することはできません。管轄の家庭裁判所の窓口や、相談する司法書士・弁護士に、見込まれる費用感を確認しておくと、家族間での費用負担の話し合いもしやすくなります。
法定後見は、実家を売るためだけの一時的な道具として使えるものではありません。いったん始まった後見は、原則として本人の判断能力が回復するか、本人が亡くなるまで続くとされています。売却が終わったからやめる、という使い方は想定されていません。申し立てる前に、本人の生活全体を見据えて、本当にこの制度が必要な状況かどうかを家族で確認しておくべきです。
申立ての準備を始める段階で、家族がまず動けるのは、これまでの章で整理してきた情報を持って専門家に相談することです。名義が誰か、判断能力の状態がどの程度か、毎月出ていく費用がいくらか。この三つが整理されていると、司法書士や弁護士に相談したときの最初のやり取りが早く進みます。制度の選択と手続きは司法書士や弁護士へ、税の扱いは税理士へ、境界や測量は土地家屋調査士へと、分野をまたぐ話であることも忘れないでください。
最後に、法定後見を使うかどうかを決める前に、本人にとって何が最善かという視点を家族で共有しておいてください。実家を売ることだけが目的化すると、本人の生活や意向が置き去りになりかねません。制度の入口を知っておくことは、いざというときに慌てず相談できるための備えであり、今すぐ申し立てることを勧める趣旨ではありません。迷ったときは、まず管轄の家庭裁判所の手続案内窓口、または司法書士・弁護士に相談してください。
- 申立て前に、家庭裁判所の許可なしに取り下げられない制度であることを理解しておく
- 審理期間はおおむね1〜2か月とされるが、鑑定が入れば延びることを見込んでおく
- 候補者を立てても必ず選ばれるとは限らず、専門職が就く場合があることを共有しておく
- 選任後は原則として本人が亡くなるまで続く制度であることを理解しておく
- 居住用不動産の処分には家庭裁判所の許可が必要になり得ることを踏まえておく
- 名義・判断能力の状態・毎月の費用を整理してから専門家に相談する
図3法定後見を検討するかどうかを、二軸で整理する
このページ固有の確認メモ
ここからは「親が認知症で実家が売れない|今できることとできないこと」で特に確認したい内容を、事実、避けたい判断、手元資料に分けて示します。すべてを一度に終える必要はありません。確認できた項目には日付と根拠を添え、分からない項目には担当者と再確認日を付けてください。家族が別々の時間に作業しても、同じ一覧へ戻れる状態を目指します。
確認しておく事実
この欄は、方針を決める前に共有したい事実です。家族の記憶だけで確定せず、通知書、契約書、公式ページ、撮影日が分かる写真など、確認に使った根拠を隣へ書きます。該当しない項目も削除せず「該当なし」とした理由を残すと、後から同じ調査を繰り返さずに済みます。
- 問われるのは診断名ではなく、その契約の日に本人が理解して決められるかどうか
- 補助・保佐・後見の当てはめは家族ではなく家庭裁判所が判断する
- 法定後見は申立て後の取り下げに家庭裁判所の許可が必要で、審理にも時間がかかる
- 候補者を立てても必ず選ばれるとは限らず、専門職が就けば報酬が継続して発生し得る
- 居住用不動産の処分には家庭裁判所の許可が必要とされている
- 空き家になった実家は、判断が定まるまでの間も管理と書類整理が要る
- 家族が代わりにできるのは事実を調べて整える作業まで、名前を書く場面は本人の領域
避けたい判断
この欄に当てはまる可能性があるときは、契約や処分をいったん止めます。一般例を対象の家へ当てはめたのか、資料で確かめたのかを区別し、不足情報を質問へ直してください。法務、税務、測量、建物、行政など別分野の判断が必要なら、回答できる相談先へ切り分けます。
- 診断を先送りにすれば手続きが止まらずに済むと考え、介護も後見も遅れる
- 委任状を家族が用意して実印を押し、本人確認の場で止まる
- 預かった通帳やカードの使途を記録せず、後の相続で説明できなくなる
- 法定後見を実家売却だけの一時的な手段だと考えて申し立てる
- 空き家の管理を後回しにし、傷みや近隣とのトラブルが先に進む
- 日程を先に固めてから本人の状態や審理の進み方を確かめる
手元で探すもの
見つけた資料には名称、発行年、原本の保管者を記します。古い資料も経緯を知る手掛かりになるため、最新版と違うだけで捨てないでください。見つからない場合は空欄にせず、再取得できるか、誰に所在を尋ねるか、いつ再確認するかを決めると次の相談準備になります。
- 登記名義人は誰か、共有か、先代のままか
- 本人の受け答えが安定している時間帯
- 固定資産税の納税通知書と課税明細書の保管場所
- 登記事項証明書、公図、地積測量図の有無
- 権利証または登記識別情報、実印、印鑑登録カードの所在
- 空き家に届く郵便物の仕分けと巡回の担当・頻度
- 合鍵の本数と保管者
- 火災保険の証券番号、満期日、空き家になった事実を伝える必要の有無
- 施設費や公共料金の引き落とし口座と毎月の合計額
- 金融機関へ代理人の届出ができるかどうか
- 相談した専門家と、回答の範囲・日付
よくある質問
認知症と診断されたら、実家はもう売れなくなるのですか
診断名だけで一律に決まるわけではありません。契約の内容と結果をその日に理解し、自分の意思で決められるかどうかが見られます。個別の判断は司法書士や弁護士に確認してください。
補助・保佐・後見のどれに当てはまるかは、誰が決めるのですか
家族が先に決めるものではなく、申立てを受けた家庭裁判所が医師の診断書などをもとに判断します。同じ「認知症」という診断名でも、状態や項目によって当てはまり方は変わり得ます。
家族が委任状を用意すれば、代わりに契約できますか
本人が内容を理解して自分で作った委任状でなければ意味を持ちません。家族が用意して実印を押しただけの書類は、司法書士や不動産会社の本人確認の場で止まります。
法定後見を申し立てれば、すぐに売却の手続きが進みますか
申立てから審判までの期間はおおむね1〜2か月とされ、鑑定が入ればさらに延びます。選任後も、居住用不動産の処分には家庭裁判所の許可が必要とされているため、すぐに売却できるとは限りません。
まだ売ると決めていませんが、今から書類や鍵を整理する意味はありますか
あります。名義・書類・鍵の所在は、売却する場合も保有し続ける場合も、相続の場面でも必ず必要になる情報です。本人に話を聞ける時期が限られている点でも、早めの整理には価値があります。
後見人になれば、家族が自由に実家を処分できますか
後見人等に選ばれても、何でも自由に処分できるわけではありません。本人が住んでいた居住用不動産の処分には家庭裁判所の許可が必要とされているのが一般的な理解で、必要性を説明できる資料の準備が求められます。
公式出典・確認先
制度や受付条件は変わることがあります。最終判断の前に、リンク先の最新情報と担当窓口を確認してください。
- 裁判所|成年後見制度(後見・保佐・補助)の概要を知りたい方へ(www.courts.go.jp)確認日:2026-08-29

