親に認知症の兆候があるとき実家を売る前に確認すること
親の物忘れが増えてきた家族が最初に調べるのは、たいてい「認知症の親名義の家は売れるのか」です。答えは病名では決まりません。不動産の場面で見られているのは、その契約の日に本人が内容と結果を理解し、自分の意思で決められるかどうかです。磐田市・袋井市・森町でも、査定までは進んだのに媒介契約や決済の段階で止まった、という相談は珍しくありません。このページでは、意思能力と契約の関係、診断の前と後で変わること、今のうちにできる名義と書類とお金の整理、後見・信託・生前売却の入口の違い、そして家族がやってしまいがちな代筆や代理の失敗までを、順番に並べます。売ると決める前に、何をどの順で確かめるかをそろえるための資料です。

まず結論
まず押さえるのは、診断名ではなく契約の日の理解度が問われるということ。査定と現地調査は家族でも手配できますが、媒介契約から決済・登記までは名義人本人の場面です。本人の判断能力が十分なうちにしか結べない契約(任意後見、家族信託、金融機関の代理人届、本人自身による売却)と、難しくなってから使う法定後見とでは、時間も費用も自由度も違います。名義・書類・お金の置き場所を一枚にまとめておくと、どちらに転んでも次の一歩が早くなります。代筆と代理だけは、いま急いでいても手を出さないでください。
「認知症だと売れない」ではなく、契約の日に理解できるかで決まる
不動産の手続きで問われるのは診断名ではなく、その契約の内容と結果を本人が理解し、自分の意思で決められる状態かどうかです。この章では、査定から登記までのどの場面で誰が本人の意思を確かめるのかを順に見ます。
親の様子が変わってきた家族が最初に検索するのは、たいてい「認知症 実家 売れない」という言葉です。ところが実務の入口はそこにありません。診断がついた瞬間に不動産を動かす道がすべて閉じるのではなく、手続きごとに求められる理解の程度に本人が届いているかが、その都度見られます。同じ人が、日用品の買い物は問題なくできるのに、数百万円から数千万円が動く売買の条件までは理解が及ばない、ということが現実に起こります。
法律の場面では、この「理解して決められる状態」を意思能力と呼びます。意思能力を欠いた状態でされた法律行為は、原則として無効になると説明されます。無効というのは、後から取り消せるという意味ではなく、はじめから効力がなかったものとして扱われるという意味です。売買でこれが起きると、代金を返す、家を戻す、その間の費用を誰が負担するという話が一気に噴き出します。だから不動産の現場は入口の段階から慎重になります。個別の判断は弁護士や司法書士の領域なので、記事の説明を結論として使わないでください。
では誰が確かめるのか。実際に本人と向き合うのは、媒介契約を結ぶ宅地建物取引業者、売買契約の場に立つ宅地建物取引士、そして登記を扱う司法書士です。買主が住宅ローンを使う場合は金融機関も関わり、公正証書を作る場面では公証人が確認します。この中でいちばん固い関門は司法書士です。所有権移転登記は司法書士が自分の資格と名前で申請するため、本人に面談して確認が取れないかぎり申請には進みません。家族がどれだけ事情を説明しても、この確認の代わりにはなりません。
手続きの流れを段階で分けると、家族がどこまで動けるかがはっきりします。第一に査定と現地調査。これは事実を調べる作業なので、本人の同意があれば家族が窓口になって手配できます。第二に媒介契約。ここからは名義人本人が結ぶ契約です。第三に売買契約と手付金の授受。第四に決済、鍵の引渡し、所有権移転登記の申請。第二段階から先はすべて本人の場面で、家族の同席は認められても署名の代わりにはなりません。
確認の場で何を聞かれるのかを知っておくと、家族の身構え方が変わります。司法書士が本人に尋ねるのは、難しい法律用語ではありません。家はどこにあるか、誰と住んでいたか、なぜ手放すことにしたのか、だいたいいくらで売る話になっているか、代金は誰が受け取るのか。この程度のことを、本人が自分の言葉で答えられるかを見ています。横から家族が答えを補うと、かえって確認になりません。事前に本人と一度この五つを話しておくと、当日に慌てずに済みます。
厄介なのは、状態に波がある場合です。朝は受け答えがはっきりしているのに夕方は難しい、体調を崩した週だけ話が通じない、というのはよくあります。契約日には落ち着いていたのに、一か月後の決済日に確認が取れずその場が止まった、という止まり方が実際にあります。決済は買主の融資実行日に合わせて組まれるため、止まれば買主の住宅ローンの承認期限、引越しの手配、売主側の残置物の処分日程まで連鎖して崩れます。日程を先に固めてから本人の状態を確かめる、という順番にしないでください。
逆のケースも知っておいてください。診断名がついていても、家の場所、売ろうとしている理由、おおよその金額、代金が誰の口座に入るのかを自分の言葉で説明できるなら、手続きが進むことはあります。診断書があるから一律に不可、という運用ではありません。反対に、診断を受けていなくても、面談で説明が通らなければその場で止まります。「診断を受けなければ大丈夫」と考えて受診を先送りすると、介護保険の利用も後見の申立ても遅れ、家族の選択肢だけが狭くなります。
家族としていまできるのは、本人が話せるうちに聞いて残すことです。住まいをどうしたいのか、施設に入るなら費用をどこから出すのか、誰に相談してほしいのか。聞いたことは、日付と、その場にいた人と、本人の言葉のまま書きます。「たぶんこう思っている」という解釈を混ぜると、後で兄弟の間で食い違ったときに使えなくなります。家族のメモそのものは法的な証明ではありませんが、専門家に相談するときの出発点になり、話を一から始めずに済みます。
この章の到達点は、売れるか売れないかの結論ではありません。どの場面に本人の関与が要るのかを家族全員が同じように理解することです。順番を飛ばして先に片付け業者や解体業者の日程を押さえると、後から全部やり直しになります。次の章では、診断の前と後で選べる手段がどう入れ替わるのかを見ていきます。
- 登記名義が親本人か、共有か、先代のままかを確認する
- 本人が家の場所と売る理由を自分の言葉で説明できるかを、家族の解釈を入れずに記録する
- 受け答えがはっきりしている時間帯と、難しくなる時間帯を数日分メモする
- 査定や現地調査を頼む前に、本人へ目的を説明して同意を得ておく
- 媒介契約から先は本人の署名が必要になることを、兄弟姉妹全員に先に共有する
図1査定から登記まで、本人の関与が必要になる場面
診断の前と後で、選べる手段の幅が入れ替わる
診断がついた日に権利が消えるわけではありません。変わるのは、本人が自分で結べる契約の入口が一つずつ閉じ、代わりに家庭裁判所を通す道が中心になっていくことです。
家族が本当に知りたいのは「今はまだ間に合うのか」です。ところが、ここに一本の線を引く基準日はありません。手続きごとに求められる理解の程度が違うため、金融機関の代理人の届出は通ったのに信託契約は断られた、という食い違いが起こります。だから「まだ大丈夫だろう」と待つのではなく、いま結べるものから順に片付けるのが実際的です。判断能力があるうちにしかできないことが、思いのほか多いからです。
本人の判断能力が十分なうちに選べる手段には、任意後見契約、財産管理を委ねる委任契約、家族信託と呼ばれる民事信託、遺言、金融機関への代理人の届出、そして本人自身が売主になる売却があります。共通しているのは、どれも本人が内容を理解して自分で結ぶ契約だということです。任意後見契約は公正証書で作るのが原則で、公証人が本人と面談します。ここで意思の確認が取れなければ作成には至りません。
見落とされやすいのが金融機関の手続きです。多くの金融機関に、本人が元気なうちに代理人を届け出ておく仕組みがあります。呼び名も条件も金融機関ごとに違うので、通帳を持っている支店の窓口で「代理人の届出はできますか」と聞いてください。本人の同行や本人確認書類が必要になることが多く、後回しにすると使えなくなります。施設費、固定資産税、火災保険料、電気と水道の引き落としがどの口座から出ているかを先に一覧にしておくと、窓口での話が早く済みます。
判断能力が難しくなった後の中心は法定後見です。程度に応じて後見・保佐・補助の三つの類型があり、管轄の家庭裁判所へ申立てをします。申立てができるのは、原則として本人、配偶者、四親等内の親族などで、身寄りがない場合には市町村長が申し立てる仕組みもあります。準備する書類は、申立書、本人の戸籍や住民票、家庭裁判所の書式による医師の診断書、財産目録とその裏付け資料(預金通帳の写し、不動産の登記事項証明書、固定資産税の課税明細など)、収支の予定表が中心です。事案によっては医師の鑑定が行われることがあります。
診断書を用意する場面でつまずく家族も多くいます。家庭裁判所へ出すのは通常の診療で書かれる診断書ではなく、成年後見の申立て用に定められた書式です。書式は裁判所の窓口やウェブサイトで入手できるので、印刷して主治医へ持参し、後見等の申立てに使うと伝えて依頼します。かかりつけの内科医が書く場合もあれば、専門の診療科を紹介される場合もあり、出来上がるまでに数週間かかることがあります。作成料は医療機関ごとに違うため、依頼するときに確認してください。介護保険の主治医意見書とは目的も書式も別のものです。
時間と費用の性質も知っておいてください。申立てから選任まで数か月かかることがあり、その間は不動産を動かせません。申立ての手数料や登記手数料、郵便切手のほか、鑑定が行われればその費用が別に必要になります。金額は事案と裁判所の運用で変わるため、管轄の家庭裁判所の手続案内で確認してください。そして重要なのは、いったん始まった後見は原則として本人が亡くなるまで続くという点です。家を売る目的だけで申し立てて、売却後にやめるという使い方はできません。
後見人に家族が選ばれるとは限らない点も、事前に共有しておく必要があります。財産の額が大きい、親族間で意見が割れている、収支の管理が複雑といった事情があると、弁護士や司法書士などの専門職が選任されることがあります。専門職が就けば、家庭裁判所が決める報酬が継続して本人の財産から支払われます。さらに、本人が住んでいた居住用の不動産を処分するには、原則として家庭裁判所の許可が必要とされています。施設費用が不足しているといった必要性を、資料で説明できるように準備することになります。
最後に、医療や介護の判定と法律上の判断は別のものだと押さえてください。要介護認定は生活の支援がどれだけ必要かを測るもので、要介護の区分が重いから契約できない、軽いから契約できる、という対応関係はありません。診断書も、日常の診療で書かれるものと家庭裁判所へ提出する書式のものとでは目的が違います。介護の相談は地域包括支援センター、権利や契約の相談は司法書士や弁護士と、入口を分けて持っておくと、どちらの話も止まりにくくなります。
| やりたいこと | 判断能力が十分なうち | 難しくなった後 |
|---|---|---|
| 財産の管理を家族に任せたい | 財産管理の委任契約、任意後見契約(公正証書)、家族信託 | 法定後見の申立て。管理者は家庭裁判所が選ぶ |
| 実家を売りたい | 本人が売主になって売却する。家族は資料集めと同席まで | 後見人が家庭裁判所の許可を得て進める。許可には必要性の説明が要る |
| 預金から施設費を払いたい | 金融機関へ代理人の届出をしておく。引き落とし口座を整理する | 原則として後見人が扱う。家族の立替えは記録を残す |
| 死後の分け方を決めたい | 遺言(公正証書遺言なら公証人が本人と面談) | 本人が新たに作ることは難しい。相続の場面で法定の分け方が基準になる |
| 名義が先代のままだと分かった | 相続人全員で協議し、相続登記を進める | 相続人の中に判断が難しい人がいれば、その人について後見等の手続きが必要になる場合がある |
動けるうちに、名義と書類とお金の置き場所を一枚にする
相談がいちばん止まるのは、法律の壁ではなく「どこに何があるか分からない」という一点です。本人に聞けるうちに聞き、家族が同じ一覧を見られる状態にしておくと、後でどの道を選んでも作業が短くなります。
最初に取りにいくのは、毎年春に所有者へ届く固定資産税の納税通知書と、同封される課税明細書です。ここには課税されている土地が筆ごとに、所在と地番、地目、地積、評価額の順で並び、家屋については構造、床面積、建築年が載ります。見るのは金額ではなく件数です。実家と呼んでいる財産が、宅地一筆ではなく、隣の畑、裏の山林、私道の持分、道路向かいの小さな土地に分かれていることは珍しくありません。通知書が見つからなければ、市役所や役場の資産税を担当する窓口で名寄帳を請求します。誰が請求できるか、何を持参するかは市町で異なるので、行く前に電話で確かめてください。
次が法務局で取る登記事項証明書です。所有者が誰か、共有なら持分がいくつか、住宅ローンの抵当権が残っていないか、差押えの登記がないかを見ます。ここで「父の名義だと思っていたら祖父のままだった」と分かる例が本当に多くあります。請求に使うのは普段の住所ではなく地番なので、課税明細の地番を使うか、法務局の窓口で照会してください。あわせて公図、地積測量図、建物図面の備え付けがあるかも確認しておくと、境界の話になったときに一からやり直さずに済みます。
名義が先代のままだった場合、相続登記には申請の義務があり、遺産分割がまとまらないときのために相続人申告登記という仕組みが用意されています。期限の考え方や経過措置、必要になる書類は法務省の案内に整理されているので、そちらで確認してください。ここで注意したいのは、相続人の中に判断が難しい方がいると、その方について別の手続きが必要になる場合があるという点です。親の認知症だけを見ていたら、実は先代の相続が終わっていなかった、という二重の課題が出てくる形です。
権利証、または平成以降に取得した不動産なら登記識別情報の通知書。これがどこにあるかを本人に聞けるうちに聞いてください。仏壇の引き出し、たんすの奥、貸金庫。紛失していても売却できなくなるわけではなく、司法書士が本人確認情報を作成するなどの代替手段がありますが、費用と日数が変わります。実印と印鑑登録カードの所在も同じです。ただし、家族が預かること自体を軽く扱わないでください。預かるなら、いつ、誰が、何のために預かったかを書き、本人と他の兄弟姉妹にも伝えておきます。
お金の側は、本人名義の預金は原則として本人しか動かせないという前提から考えます。施設費、医療費、固定資産税、火災保険料、電気と水道の基本料金、これらがどの口座から出ているかを一覧にします。引き落としが止まると、督促がまず実家の郵便受けに届き、無人であれば誰も気づきません。家族が立て替えた分は、領収書と、いつ何のために立て替えたかのメモを必ず残してください。後の相続の場面で、使途を説明できないお金の動きは、兄弟間の不信の元になります。
火災保険と共済の証券も探します。契約者が誰か、補償の内容、満期日、地震保険が付いているかを控えます。証券が見つからなくても、保険会社や代理店に証券番号や契約者名で照会できます。そして、本人が施設へ移って家が無人になると、居住実態が変わったことが契約の条件に関係する場合があります。空き家として扱われるのか、そのままでよいのか、通知が要るのかは契約ごとに違うので、契約先へ直接確かめてください。記事の一般論をそのまま自分の契約に当てはめないことです。
家そのものの事実も、机上で分かる範囲を先に押さえます。登記地目に田や畑が含まれていれば、売買や贈与に農業委員会の手続きが関わってきます。匂坂のように農振農用地が広がる地域では、宅地の隣の小さな畑がそのまま残っている例が多く見られます。掛塚のような細街路が入り組む地域では、前面道路が公道か私道か、幅員はいくつかで、建て替えができるかどうかが変わります。洪水や冠水の想定は磐田市の公式ページから確認でき、池田のように天竜川の堤防に近い地域では家族の共通認識にしておく価値があります。
最後は保存の仕方です。原本をどこに置くか、写しを誰が持つか、一覧をどう共有するかを決めます。紙のファイル一冊でも構いません。大事なのは、確認できた項目と、まだ確認していない項目を同じ表に並べ、空欄を空欄のまま残すことです。空欄を埋めたふりをすると、後から来た家族がそこを既に確認済みだと誤解します。未確認の欄には、次に誰がどこへ聞くのかだけ書き足しておいてください。
- 固定資産税の納税通知書と課税明細書を探し、土地の筆数と家屋の床面積を数える
- 登記事項証明書で所有者、持分、抵当権、差押えの有無を確認する
- 権利証または登記識別情報、実印、印鑑登録カードの保管場所を本人に確認する
- 施設費や公共料金の引き落とし口座を一覧にし、家族の立替えは領収書とメモを残す
- 火災保険の証券番号と満期日を控え、無人になる予定を契約先へ伝える
- 登記地目に農地が含まれていないか、前面道路が公道か私道かを確認する
図2実家の情報とお金に、誰がどこまで手を伸ばせるか
後見・信託・生前売却を、入口の条件で比べる
手段を並べて優劣を決めるのではなく、いま本人がどの状態かで入れる入口が違う、と考えると選びやすくなります。比べる軸は、始められる条件、決める人、費用の性質、そして終わり方の四つです。
法定後見は、判断能力が難しくなった後でも使える唯一の正面の道です。管轄の家庭裁判所が後見人等を選任し、選任された人が本人の財産を管理します。強みは、本人がもう契約できない状態でも財産を動かす仕組みが立つこと。弱みは、家族が選ばれるとは限らないこと、家庭裁判所への定期報告が続くこと、居住用不動産の処分には原則として許可が要ること、そして原則として本人が亡くなるまで終わらないことです。実家を売るためだけの一時的な道具にはなりません。
任意後見は、本人が元気なうちに「将来こうなったら、この人に頼む」と決めて公正証書で結んでおく契約です。頼む相手を自分で選べるのが最大の利点で、家族が引き受ける形も取れます。ただし、実際に効力が生じるのは判断能力が低下した後に家庭裁判所が任意後見監督人を選任してからで、監督人には報酬が発生します。契約の内容に含めていない行為はできないため、住まいをどうするかまで想定して条項を作れるかが分かれ目になります。
家族信託と呼ばれる民事信託は、本人(委託者)が信頼できる家族(受託者)に財産の管理と処分を託す契約です。実家を信託しておけば、本人の判断能力が下がった後でも受託者が契約の当事者として動けます。契約は公正証書で作るのが一般的で、信託した不動産には登記が入ります。注意点は三つ。契約時に本人の判断能力が必要なこと、信託専用の口座への対応が金融機関によって異なること、そして信託は財産の管理の仕組みであって、施設との契約や医療の同意といった身の回りのことまでは扱わないことです。後見が不要になるとは限りません。
生前売却は、本人が売主として自分で売る、いちばん素直な形です。代金は本人の財産として本人の口座に入り、施設費や医療費に充てられます。手続きが最短で、家庭裁判所も監督人も入りません。条件は一つ、契約から決済までの全部の場面で本人の意思確認が取れること。だからこそ、状態に波が出てきた段階で「もう少し様子を見よう」と先送りすると、この入口だけが静かに閉じます。売ると決めていなくても、いつまでならこの道が使えるのかを家族で話しておく価値があります。
売らずに保有するという選択も、きちんと選べば立派な結論です。ただし無人の家は放っておくと傷みます。遠州の冬の空っ風で瓦や雨樋が傷み、夏場は庭木と雑草が伸び、台風のたびに近所が心配します。保有を選ぶなら、巡回の担当と頻度、草刈りの外注先と年の回数、郵便の回収方法、火災保険の条件、年間の維持費の合計を決めて記録に残してください。決めないことを決めた状態にしておけば、半年後に見直すときの出発点になります。
税の扱いも、生前に売るか、相続の後に売るかで変わります。相続してから売る場合には、被相続人の居住用財産に係る特例の取扱いがありますが、対象になる家屋の条件、適用の期間、相続人の数による控除の限度など要件が細かく定められています。生前売却では別の考え方になります。どちらが有利かは、本人の収入、他の財産、家族の状況で変わるため、金額の見込みを記事で断定することはできません。国税庁の案内で全体像をつかんだうえで、適用の可否は必ず税理士へ確認してください。
相談の順番も決めておきましょう。最初にやるのは、名義(誰の名前か、共有か)、本人の状態(いつなら話が通るか)、お金(毎月いくら出ていくか、いつまで持つか)の三つを一枚の紙に書くことです。この三つが埋まっていないと、どの専門家に相談しても最初の三十分が事情の聞き取りで終わります。制度の選択と手続きは司法書士や弁護士、税は税理士、境界や測量は土地家屋調査士、介護は地域包括支援センター。分野をまたぐ話なので、一人にすべての最終判断を求めないでください。
| 手段 | 始められる条件 | 決める人・関与する機関 | 終わり方と注意 |
|---|---|---|---|
| 法定後見 | 判断能力が低下した後でも申立てできる | 管轄の家庭裁判所が後見人等を選任。居住用不動産の処分は原則許可が必要 | 原則として本人が亡くなるまで継続。専門職が就けば報酬が続く |
| 任意後見 | 本人の判断能力が十分なうちに公正証書で契約 | 本人が選んだ受任者。効力発生後は任意後見監督人が付く | 契約に書いていない行為はできない。監督人の報酬が発生する |
| 家族信託(民事信託) | 本人の判断能力が十分なうちに契約。公正証書が一般的 | 受託者となる家族。信託した不動産には登記が入る | 身の回りのことは扱わない。信託口座の対応は金融機関により異なる |
| 本人による生前売却 | 契約から決済まで一貫して本人の意思確認が取れること | 本人が売主。司法書士が決済の場で面談する | 代金は本人の財産。家族が使えば別の問題になる。税は税理士へ |
| 売らずに保有する | いつでも選べるが、管理の担当と費用を決めることが条件 | 家族。巡回、草刈り、保険、郵便の担当を割り振る | 見直す日を先に決めておかないと、判断が難しくなってから慌てることになる |
代筆・代理でつまずいた実例と、家族がしてよいこと
急いでいる家族がいちばん手を出しやすく、いちばん後戻りが利かないのが、代筆と代理です。この章では実際に止まった形を並べ、そのうえで家族が問題なく進められる範囲を線引きします。
最も多いのが、委任状を家族が書いて本人の実印を押す形です。本人が内容を理解して自分で作った委任状と、家族が用意して押印だけしたものとは、見た目が同じでも意味がまったく違います。司法書士や不動産会社は本人に面談して確認するため、たいていはその場で止まります。止まるだけならまだしも、本人の意思によらずに作られた書類は、私文書偽造といった問題に踏み込むおそれがあります。良かれと思ってやった、という説明は通りません。
次に多いのが、預金の扱いです。施設費の支払いに困って、預かったキャッシュカードで大きな金額を引き出す。使ったのは全部親のためだったのに、数年後の相続で「あのお金は何に使ったのか」と兄弟から問われ、説明できないまま話がこじれる。これは制度の問題ではなく記録の問題です。立て替えたのか、親のお金から出したのか、いつ、いくら、何のためかを、その都度残していれば防げます。通帳の摘要欄への手書きでも構いません。
施設の入居手続きで身元引受人や身元保証人になったことを、財産を扱う権限だと受け取ってしまう例もあります。身元引受人は施設との関係で連絡や支払いを担う立場であって、不動産を売る権限とは別物です。同じように、介護のキーパーソンとして病院や役所とやり取りしている人が、そのまま媒介契約を結べるわけではありません。世話をしている人ほどこの誤解に陥りやすく、周りの家族も当然だと思って任せてしまいます。
実印と権利証を預かって媒介契約まで進み、決済当日に司法書士の面談で止まった、という形もあります。この段階まで来ていると、買主は融資の手続きを終え、引越し業者を押さえ、今住んでいる家の解約通知を出していることがあります。売主側の事情で止まれば、違約の話になりかねません。買主に迷惑がかかるだけでなく、家族の間にも「なぜ確認しなかったのか」という溝が残ります。止めるなら、媒介契約より前です。
「診断が出る前に急いで契約してしまおう」という発想も、たいてい裏目に出ます。契約日に間に合っても、決済は一か月から二か月先です。その間に状態が変われば同じ場所で止まります。しかも急いだ経緯が残っていると、後から契約の有効性を疑われる材料になります。電話で本人に「売っていいね」と聞いて録音した、ビデオ通話で顔を見せた、という記録も、それだけで意思能力の裏付けにはなりません。確認する側は、本人が条件を自分の言葉で説明できるかを見ています。
もう一つ、親が一人でいるところに訪問した業者と契約してしまう例があります。屋根の点検、床下の消毒、貴金属や着物の買い取り。家族が知らないうちに契約書が交わされ、後から気づくというケースです。訪問販売や訪問購入には、契約書面を受け取った日から一定期間内に契約を解除できる仕組みがあります。慌てて相手と交渉する前に、消費者ホットライン(188)か市の消費生活相談窓口へ、契約書と受け取った日を持って相談してください。ここは不動産会社ではなく消費生活の窓口の担当です。
では家族は何をしてよいのか。事実を調べて整える作業は、ほとんど問題なく進められます。登記事項証明書や公図の取得、課税明細の読み取り、火災保険の証券番号の照会、家の写真の撮影、修繕や草刈りの見積もりの取得、専門家への相談の同席と、その場でのメモ取り。売る前提を作る作業ではなく、どちらに転んでも要る情報をそろえる作業です。ここを先に済ませておくと、本人が動ける日が来たときに一気に進みます。
記録の残し方も具体で決めておきます。日付、その場にいた人、本人が言ったことをそのままの言い回しで。「家は残したいと言っていた」ではなく「あの家は自分が死ぬまで置いておきたい、と言った」と書きます。要約すると、後から読んだ兄弟が別の意味に取ります。専門家に相談した日も同じで、誰に、何を聞き、どこまで答えが返り、どこからは範囲外だと言われたのかを分けて残します。範囲外だった部分こそ、次にどの分野へ持っていくかの手がかりになります。ノート一冊でも共有のメモでも構いませんが、置き場所は一か所にしてください。
そして最後に、決めないことを決める、という選択を家族の選択肢に入れてください。半年後の見直し日を決め、それまでの巡回と支払いの担当を割り振り、確認できたことと未確認のことを同じ一覧に並べる。それだけで、次に誰かが動くときの出発点になります。急いで署名を集めるより、はるかに前に進みます。判断が難しくなってきた親の家をめぐる話は、結論を出す速さではなく、家族が同じ記録に戻れるかどうかで結果が変わります。
- 本人以外が本人の名前を書く場面が出てきたら、その時点で手を止めて専門家に相談する
- 預かったカードや通帳から出したお金は、日付・金額・使途をその都度残す
- 身元引受人や介護のキーパーソンであることと、財産を処分する権限を別の欄に書き分ける
- 訪問販売や訪問購入の契約書が出てきたら、受け取った日を確認して消費生活の窓口へ相談する
- 半年後の見直し日と、それまでの巡回・支払いの担当を決めて家族全員に共有する
図3その行為は進めてよいか、止めるべきかを二軸で分ける
このページ固有の確認メモ
ここからは「親に認知症の兆候があるとき実家を売る前に確認すること」で特に確認したい内容を、事実、避けたい判断、手元資料に分けて示します。すべてを一度に終える必要はありません。確認できた項目には日付と根拠を添え、分からない項目には担当者と再確認日を付けてください。家族が別々の時間に作業しても、同じ一覧へ戻れる状態を目指します。
確認しておく事実
この欄は、方針を決める前に共有したい事実です。家族の記憶だけで確定せず、通知書、契約書、公式ページ、撮影日が分かる写真など、確認に使った根拠を隣へ書きます。該当しない項目も削除せず「該当なし」とした理由を残すと、後から同じ調査を繰り返さずに済みます。
- 問われるのは診断名ではなく、その契約の日に本人が理解して決められるかどうか
- 査定と資料集めは家族が動けるが、媒介契約から決済までは名義人本人の場面
- 任意後見、家族信託、金融機関の代理人届は、判断能力が十分なうちにしか結べない
- 法定後見は原則として本人が亡くなるまで続き、居住用不動産の処分には原則許可が要る
- 要介護認定の区分と、契約できるかどうかは別の物差し
- 名義が先代のままだと、親の件と先代の相続の二つが同時に出てくることがある
- 家族が立て替えたお金は、日付・金額・使途をその都度残す
避けたい判断
この欄に当てはまる可能性があるときは、契約や処分をいったん止めます。一般例を対象の家へ当てはめたのか、資料で確かめたのかを区別し、不足情報を質問へ直してください。法務、税務、測量、建物、行政など別分野の判断が必要なら、回答できる相談先へ切り分けます。
- 家族が委任状を作って本人の実印を押し、本人確認の場で止まる
- 決済日の直前まで進めてから意思確認が取れず、買主側の日程まで崩す
- 身元引受人や介護のキーパーソンであることを、財産を処分する権限だと思い込む
- 診断を受けさせないでおけば手続きが通ると考え、介護も後見も遅れる
- 預かったカードから出金し、数年後の相続で使途を説明できなくなる
- 介護の相談先に、不動産と税の最終判断まで任せきりにする
手元で探すもの
見つけた資料には名称、発行年、原本の保管者を記します。古い資料も経緯を知る手掛かりになるため、最新版と違うだけで捨てないでください。見つからない場合は空欄にせず、再取得できるか、誰に所在を尋ねるか、いつ再確認するかを決めると次の相談準備になります。
- 登記名義人は誰か、共有か、先代のままか
- 本人の受け答えがはっきりしている時間帯
- 固定資産税の納税通知書と課税明細書の保管場所
- 登記事項証明書、公図、地積測量図の有無
- 権利証または登記識別情報、実印、印鑑登録カードの所在
- 施設費や公共料金の引き落とし口座と、毎月の合計額
- 火災保険の証券番号、満期日、無人化を伝えたかどうか
- 金融機関へ代理人の届出ができるかどうか
- 登記地目に農地が含まれていないか
- 前面道路が公道か私道か、幅員はいくつか
- 相談した専門家と、回答の範囲と日付
よくある質問
認知症と診断されたら、実家はもう売れないのですか
診断名だけで一律に決まるわけではありません。見られているのは、その契約の日に内容と結果を理解し、自分の意思で決められるかどうかです。軽度で説明が通る場合に手続きが進むこともあれば、診断がなくても面談で確認が取れず止まることもあります。個別の判断は司法書士や弁護士へ確認してください。
家族が委任状を用意すれば代わりに契約できますか
本人が内容を理解して自分で作った委任状でなければ意味がありません。家族が書いて実印を押しただけの書類は、司法書士や不動産会社の本人確認の場で止まりますし、私文書偽造といった問題に踏み込むおそれもあります。急いでいても、この線は越えないでください。
成年後見を申し立てれば、すぐ売却できますか
申立てから選任まで数か月かかることがあり、さらに本人が住んでいた居住用不動産の処分には原則として家庭裁判所の許可が必要とされています。後見は原則として本人が亡くなるまで続くため、売却が済んだらやめる、という使い方もできません。管轄の家庭裁判所の手続案内で確認してください。
まだ売ると決めていませんが、今から調べても意味はありますか
あります。名義、書類の所在、毎月出ていく費用の三つは、売る場合も保有する場合も相続の場合も必ず要る情報です。本人に聞ける時期が限られている点でも、先に整理しておく価値があります。
家族信託にすれば後見は要らなくなりますか
信託は財産の管理と処分の仕組みで、施設との契約や医療に関する事柄までは扱いません。信託を組んでいても後見が必要になる場面は残ります。また契約の時点で本人の判断能力が必要で、信託専用の口座への対応も金融機関によって異なります。
親が知らない業者と契約していました。どうすればよいですか
訪問販売や訪問購入には、契約書面を受け取った日から一定期間内に契約を解除できる仕組みがあります。業者と直接やり取りする前に、契約書と受け取った日を用意して消費者ホットライン(188)か市の消費生活相談窓口へ相談してください。
公式出典・確認先
制度や受付条件は変わることがあります。最終判断の前に、リンク先の最新情報と担当窓口を確認してください。
- ふじがおか実家カルテ|住所で分かること(fudosan.atawi.link)カルテで整理する範囲と、現地・専門家確認が必要な範囲を確認確認日:2026-08-27
- 法務省|相続登記の申請義務化について(www.moj.go.jp)相続登記の基本的義務、遺産分割成立後の追加的義務、経過措置を確認確認日:2026-08-27
- 法務省|相続人申告登記について(www.moj.go.jp)遺産分割がまとまらない場合の申告登記と必要書類を確認確認日:2026-08-27
- 国税庁|被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例(www.nta.go.jp)適用期間、対象家屋、相続人数による控除限度額等を確認確認日:2026-08-27
- 磐田市|大雨への備え(www.city.iwata.shizuoka.jp)磐田市ハザードマップ、洪水・冠水情報への公式入口を確認確認日:2026-08-27

